「静かな退職」は脅威ではなく警鐘[第621回]

…欧米の標準から学ぶ新しい人材マネジメントの視点

(毎週火曜日配信)税理士事務所様の経営を考えるコラム
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司

貴社の経営、クライアントの経営支援のネタにご利用ください。

近年、若手社員を中心に「静かな退職(Quiet Quitting)」が注目を集めています。
これは仕事を放棄する退職ではなく、必要最低限の業務はこなすが、それ以上の負荷や熱意は求めない働き方です。
海老原嗣生氏の著書『静かな退職という働き方』では、この現象が単なる個人の怠慢ではなく、むしろ時代の要請であり、世界の労働観の変化に対応した合理的な選択であることが明らかにされています。

とりわけ注目すべきは、本書第2章「欧米の標準」で紹介されている、海外における労働とマネジメントの在り方です。そこから私たち中小企業経営者が学ぶべきことは多く、いまや“熱意による管理”の限界を認め、“成果と環境の両立”を軸にしたマネジメントへと転換することが急務です。

■ 欧米の働き方、「静かな退職」はむしろ標準

欧米では「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」が明確に定められており、労働者はその範囲内で成果を上げることが求められます。
上司が部下に業務外の雑務を頼むことはタブー視され、残業も原則ありません。
著者は、アメリカの事例として「定時退社後、携帯を切って家族と過ごすマネージャー」の姿を紹介しています。
そこにあるのは、「生活があってこその仕事」という合理的な価値観です。

一方、日本では「気を利かせて動く」「言われなくてもやる」といった“心のサービス”が美徳とされてきました。
結果として、労働者は曖昧な期待と過重労働に晒され、心理的離職(静かな退職)を選ぶ人が増えています。

■ 中小企業こそ「静かな退職」をマネジメントの転換点に

この「静かな退職」は、大企業に限らず、中小企業にとっても見過ごせない問題です。
従業員数が少ない分、ひとりひとりのモチベーションや稼働率が経営に直結するからです。
しかし、ここで考えたいのは、「静かな退職」を否定するのではなく、それが“過剰期待に対する防衛反応”であることを受け止めることです。
欧米のように、業務の線引きと評価基準を明確にし、社員が「何をどこまでやればいいか」を安心して理解できる環境を整えることで、静かな退職は未然に防げます。

■ 今後のマネジメントに対する提言

以下に、海老原氏の示唆をもとにした中小企業向けの具体的な対応策を示します。

【1】職務範囲の明文化と共有
業務の属人化や曖昧な役割分担は、無意識の負荷増加を招きます。
各職種・ポジションごとに「やるべきこと/やらなくてよいこと」を可視化し、本人とすり合わせる仕組みを構築しましょう。

【2】「熱意」より「成果」評価へ
従来の「頑張っている姿勢」や「遅くまで残っている人」を評価する風土は、静かな退職を誘発します。
時間や態度よりも成果や改善提案、数字などの定量評価に軸足を移すことが重要です。

【3】定時退社を前提とした業務設計
「忙しいこと=良いこと」という価値観は見直すべきです。
定時で終われる設計を前提に業務量や会議時間を再構築し、生産性向上を意識した働き方を促しましょう。

【4】「期待の押しつけ」から「選択の提案」へ
例えば「もっと学んで欲しい」「リーダーをやって欲しい」といった期待は、裏目に出ることもあります。
キャリアの選択肢を提示し、本人の意思に委ねる姿勢が信頼を築きます。

【5】1on1ミーティングの制度化
定期的な対話によって、「何にモヤモヤしているか」「過剰に抱え込んでいないか」を確認できます。
上司からの一方的な指導ではなく、双方向の確認と共感がポイントです。

■組織の“静かな成長”を目指して

「静かな退職」は怠けのサインではありません。むしろ、時代と働き手の価値観が変化していることを知らせる警鐘です。欧米ではすでに標準化しているこの「働きすぎない」文化は、むしろ人材を長期的に活かす合理的な方法とも言えます。

日本の中小企業がこれからも持続的に成長していくためには、「熱意や根性頼み」のマネジメントから、「役割の明確化と成果重視の信頼型」マネジメントへと移行することが不可欠です。
社員が静かに“心を退職”してしまう前に、静かにマネジメントの舵を切ること、それが今、経営者に求められている変化です。

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