10年間値上げをしない企業の末路[第627回]

…年率3%の実質物価上昇は10年で34%!
(毎週火曜日配信)税理士事務所様の経営を考えるコラム
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司
貴社の経営、クライアントの経営支援のネタにご利用ください。
日本経済は今後も一定の物価上昇局面にあります。
仮に年率3%の実質物価上昇が10年間続いたとすると、物価水準は約1.34倍、すなわち34%上昇する計算になります。
このような環境下で、自社の販売価格を一切引き上げずに据え置いた場合、企業経営はどのような姿になるのでしょうか。
以下、そのメカニズムと帰結を整理します。
■1. 利益率の持続的低下
最も直撃するのは利益率の低下です。
原材料費、仕入価格、光熱費、物流費、人件費など、ほぼすべてのコスト要素が毎年3%ずつ上がっていきます。
10年後にはトータルで約34%のコスト増。仮に粗利率30%でスタートしても、販売価格を据え置けば粗利率は20%前後まで落ち込みます。
営業利益率はさらに圧縮され、経常的に赤字スレスレの水準に陥る可能性が高いのです。
■2. 人件費負担の深刻化
最低賃金の上昇率も物価上昇に連動して加速します。
実際、直近数年の日本でも最低賃金は毎年3%超のペースで上がっており、この傾向は今後も続くと考えられます。
従業員の確保には昇給が不可欠ですが、売上価格を据え置いたままでは給与の原資を確保できません。
結果として人件費比率が高騰し、「給料を払えない会社」と見なされ、優秀な人材は他社へと流出していきます。
労働力不足が慢性化し、残った社員に過重な負担がのしかかる悪循環が起こります。
■3. 資金繰りリスクと投資停滞
売上高が横ばいでも、仕入や人件費は年々増加します。そのため運転資金需要は増し、借入金に頼らざるを得ません。
しかし利益が薄いため返済能力(EBITDA)は低下し、銀行評価は厳しくなります。
結果として借入条件は悪化し、資金繰りリスクが慢性化します。
さらに、キャッシュフローに余力がないため、設備投資や新規事業投資、人材育成への投資を後回しにせざるを得ず、企業の成長余力が削がれていきます。
■4. ブランド力・競争力の低下
競合他社が適正な値上げを実施して利益を確保する一方で、自社だけが価格を据え置いていると、「価格が安い」ことは一見魅力のように見えます。
しかしそれは短期的な顧客獲得にはつながっても、中長期的には「品質やサービスを維持できない安売り企業」というイメージにつながります。
結果として商品力が劣化し、設備は老朽化、人材は疲弊、顧客からの信頼も揺らぎます。
価格競争でしか戦えない体質に陥り、やがて市場からの退出を迫られるでしょう。
■5. 廃業・M&A時の不利な評価
利益率の低下は企業価値そのものを大きく損ないます。
M&Aでの売却を検討する際にも、赤字や低収益体質では買い手はつきにくく、ついても極端に安い価格しか提示されません。
後継者に承継する場合も「利益が出ない会社」を引き継ぎたいと考える人は少なく、結局は廃業リスクが高まります。
現実に、中小企業庁の調査でも「値上げを回避してきた中小企業ほど廃業率が高い」というデータが報告されています。
■6. 経営破綻へのシナリオ
以上を整理すると、10年間値上げをしない企業の典型的なシナリオは次の通りです。
- 粗利率低下:コスト増を価格に転嫁できず利益が縮小。
- 人件費比率上昇:昇給原資を確保できず、人材流出が加速。
- 資金繰り悪化:借入依存が強まり、金融機関からの信用低下。
- 競争力低下:品質・サービスが劣化し、顧客離れが進行。
- 投資停滞:設備や人材育成に手が回らず、未来の成長余力を失う。
- 事業承継困難・廃業:最終的にはM&Aや承継が難航し、廃業・倒産へ。
これは「急激な破綻」ではなく、「ゆっくりとした衰弱死」のようなプロセスです。
外から見れば一見安定しているように見えても、内部では確実に経営体力を削られていきます。
このシナリオから得られる教訓は明確です。
物価上昇局面において、値上げをしないという選択肢は「経営の自殺行為」であるということです。
大切なのは「一度に大幅に値上げすること」ではなく、コスト増を見極めながら小刻みに価格転嫁を重ねる習慣を持つことです。
さらに、値上げの際には単なる「価格引き上げ」ではなく、
◆商品・サービスの価値訴求を強化する
◆ブランド力を高める
◆付加価値を創出し「値上げの必然性」を顧客に伝える
といった取り組みが不可欠です。
年率3%の実質物価上昇が続く10年間にわたり値上げをしなければ、企業は確実に体力を失い、最終的には存続が難しくなります。
経営者は「値上げ=悪」という固定観念を捨て、むしろ適切な値上げは企業を守る最大のリスクヘッジだと認識する必要があります。
値上げは経営者の勇気にかかっています。その一歩を先送りにした企業から、静かに市場から退場していくのです。
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