日本は本格的なインフレ時代に突入した[第667回]

… 中小企業経営者が認識すべき新たな経営環境
(毎週火曜日配信)税理士事務所様の経営を考えるコラム
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司
貴社の経営、クライアントの経営支援のネタにご利用ください。
近年、多くの中小企業経営者が「以前と比べてあらゆるものが高くなった」と実感されているのではないでしょうか。
原材料費、エネルギー費、人件費、物流費など、企業活動に必要なコストは軒並み上昇しています。
しかし、これは単なる一時的な物価上昇ではありません。私は、日本は約30年間続いたデフレ・低成長時代を終え、本格的なインフレ時代へと移行しつつあると考えています。
もちろん、景気の変動や国際情勢によって、物価上昇率が一時的に鈍化する局面はあるでしょう。
しかし、かつてのような「物価も賃金もほとんど上がらない社会」に戻る可能性は極めて低いと考えられます。
中小企業経営者に求められるのは、「そのうち元に戻る」と期待することではなく、「インフレが続く社会」を前提に経営を再設計することです。
■1.人手不足が賃金上昇を恒常化させる
日本のインフレを支える最大の要因は、人手不足による賃金上昇です。
かつての日本は人口増加社会でした。働き手は豊富に存在し、企業は比較的容易に人材を確保できました。しかし現在は状況が全く異なります。
少子高齢化の進行により、生産年齢人口は減少を続けています。出生数も年々減少し、将来の労働力人口はさらに縮小することが確実視されています。
建設業、運送業、介護業、飲食業、小売業などでは、すでに深刻な人手不足が常態化しています。
人が足りなければ賃金は上がります。近年の春闘では大企業を中心に5%を超える賃上げが続いており、その影響は中小企業にも波及しています。
さらに政府は最低賃金の継続的な引き上げ方針を示しており、全国平均1,500円を目指す方向性も打ち出されています。
賃金は一度上がると簡単には下がりません。このため、人件費の上昇は一時的な現象ではなく、今後も長期間続く構造的なインフレ要因になると考えられます。
■2.人口減少は供給力の低下を招く
人口減少というと、多くの人は市場縮小をイメージします。しかし、経営者が注目すべきなのは「需要」ではなく「供給」の側面です。
人が減るということは、働く人が減るということです。つまり、社会全体の生産能力やサービス提供能力が低下することを意味します。
実際に建設業では職人不足によって工事費が上昇し、物流業界ではドライバー不足によって配送コストが上昇しています。
介護業界や飲食業界でも人材確保のために賃金引き上げが続いています。
供給能力が低下する一方で需要が存在すれば、価格は上昇します。これは経済の基本原則です。
日本では今後も労働人口の減少が続くため、供給制約によるインフレ圧力も長期化すると考えられます。
■3.円安構造が物価を押し上げる
日本は資源小国です。エネルギー、食料、原材料の多くを海外からの輸入に依存しています。そのため、円安は直接的に物価上昇につながります。
かつては1ドル80円前後の時代もありましたが、現在では140円台から150円台が当たり前になりました。
背景には日米金利差だけでなく、日本経済の成長力低下や貿易構造の変化があります。以前の日本は輸出立国として大きな貿易黒字を生み出していました。
しかし現在はエネルギー輸入の増加や海外生産の進展により、円高へ戻る力が以前より弱くなっています。
円安が続けば、輸入価格は高止まりします。その結果、電気代、ガス代、ガソリン代、食品価格など、国民生活と企業経営に直結するコストが押し上げられ続けるのです。
■4.エネルギー価格は長期的に高止まりする可能性が高い
世界的に見ても、エネルギー価格が大幅に下落する環境にはありません。
脱炭素政策の推進により化石燃料への投資は抑制される一方、新興国では人口増加と経済発展によってエネルギー需要が増加しています。
さらに、地政学リスクも高まっています。中東情勢、ロシア問題、米中対立など、世界経済は不安定要因を抱えています。
エネルギー価格は全ての産業の基礎コストです。製造業も、建設業も、物流業も、サービス業も、その影響を避けることはできません。
したがって、エネルギー価格の高止まりは、長期的なインフレ要因として認識しておく必要があります。
■5.日本企業の価格転嫁意識が変わった
実は最も大きな変化は、人々の意識かもしれません。これまでの日本では、「値上げは悪」「価格据え置きは美徳」という考え方が根強く存在していました。
しかし近年は、食品メーカー、外食チェーン、ホテル、運送業、製造業など、あらゆる業界で価格改定が行われています。
消費者も、以前ほど値上げに強い拒否反応を示さなくなりました。企業側も「利益を守るためには適正な価格改定が必要である」という認識を持ち始めています。
この意識変化は非常に大きな意味を持ちます。なぜなら、デフレとは単なる経済現象ではなく、「値上げできないという社会の空気」によって支えられていた側面があるからです。
その空気が変わり始めているのです。
■経営者は『デフレ脳』から脱却すべき
今後の中小企業経営において最も危険なのは、「そのうち物価も賃金も元に戻るだろう」と考えることです。
むしろ経営者は、「今後10年以上インフレが続く可能性がある」という前提で経営を組み立てるべきです。
具体的には、
- 定期的な価格改定を前提にする
- 高付加価値化を進める
- 生産性向上のためにDXを活用する
- 人手不足を前提に事業設計を行う
- 利益率を重視した経営へ転換する
- インフレを織り込んだ中期経営計画を策定する
ことが重要です。
昭和後期から平成にかけての日本では、「安く、たくさん売る」ことが成長の王道でした。しかし令和の時代は違います。
これから求められるのは、「適正な価格で、適正な利益を確保しながら、少ない人員で高い付加価値を生み出す経営」です。
日本は、静かではありますが確実にインフレ時代へ足を踏み入れています。
この変化をいち早く理解し、経営の前提条件を切り替えた企業が、これからの10年、20年を勝ち抜いていくことになるでしょう。
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