日本経済はパラダイムシフトの真っただ中にある[第669回]

…これからの経営は「毎年5%の値上げ」を前提に考える

(毎週火曜日配信)税理士事務所様の経営を考えるコラム
GPC-Tax本部会長・銀行融資プランナー協会
代表理事 田中英司

貴社の経営、クライアントの経営支援のネタにご利用ください。

「原材料が高い」「人件費が上がる」「利益が残らない」。最近、多くの経営者の方からこうした声を聞きます。
しかし私は、現在起きているインフレや賃上げの流れを、単なるコスト増加の問題として捉えるべきではないと考えています。
むしろ、日本経済が30年以上続いたデフレと停滞の時代を終え、新たな成長ステージへ移行する過程で起きている大きな構造変化だと見ています。
だからこそ、これからの事業計画は「毎年5%程度の値上げを実施する」ことを前提に組み立てるべきです。
もしそれが難しいのであれば、価格設定、商品構成、顧客戦略、業務プロセスなど、事業モデルそのものを見直す時期に来ているのかもしれません。

■私たちは「値上げできない時代」に慣れすぎた

振り返れば、日本は長い間、物価がほとんど上がらない特殊な経済環境にありました。
1970年代にはオイルショックの影響で年平均約8%という高いインフレを経験しましたが、その後は安定成長期へ移行しました。
そしてバブル崩壊後の1990年代から本格的なデフレ時代が始まります。
2000年代には消費者物価指数(CPI)がマイナス圏で推移し、「値上げは悪」「安いことが正義」という価値観が社会全体に定着しました。

企業は価格を上げられず、賃金も上がらず、結果として名目GDPもほとんど成長しませんでした。
しかし冷静に考えれば、価格も給料も上がらない経済が健全な状態であるはずがありません。
企業は利益を生み出せず、人材への投資もできず、将来への設備投資も抑制されます。実際、この30年間の日本はその状況に苦しみ続けてきました。

■いま起きていることは「異常」ではなく「正常化」

2020年代に入り、日本経済の風景は大きく変わり始めました。
コロナ禍後の供給制約、エネルギー価格の上昇、円安、人手不足などを背景に、物価は継続的に上昇しています。
2023年以降は2~4%程度のインフレが続き、日本は30年ぶりに持続的な物価上昇局面へ入りました。
日本銀行や国際機関の見通しを見ても、今後10年程度は年間2%前後のインフレが続く可能性が高いとされています。
一見すると2%程度なら大したことがないように感じるかもしれません。しかし10年間積み重なれば物価は20~30%近く上昇します。
つまり、今の100万円は10年後には100万円の価値を持たないということです。この変化は一時的な現象ではなく、日本経済の新しい常識になりつつあります。

■なぜ毎年5%の値上げが必要なのか

多くの経営者は「物価が2%上がるなら2%値上げすればよい」と考えがちです。しかし、それでは企業は成長できません。
まず物価上昇への対応として約2%。さらに従業員の生活を守り、人材を確保するための賃上げ原資として2~3%。
加えてDX投資や設備投資、教育投資など将来への成長投資として約1%。これらを合計すると、必要な価格改定率は4~6%になります。
つまり、毎年5%程度の値上げが実現できて初めて、企業は利益を維持しながら賃上げと投資を両立できるのです。
逆に言えば、価格を据え置いたままでは、利益率は徐々に削られ、人材も集まらず、投資もできなくなります。

■人手不足は危機ではなく成長のサイン

人手不足をネガティブに捉える経営者も少なくありません。しかし、経済の歴史を見れば、人手不足は成長局面で必ず発生する現象です。
本当に景気が悪い国では失業率が高まり、仕事を探す人があふれます。
一方、現在の日本では多くの業界で人材獲得競争が起きています。これは企業活動が活発であり、経済が動いている証拠でもあります。
企業は人材確保のために賃金を上げる。賃金を上げるために価格を見直す。利益を確保して設備投資やDX投資を行う。そして生産性が向上する。
この循環こそが成長経済の基本構造です。

■デフレ時代の常識を捨てられるか

現在の経営環境で本当に危険なのは、物価上昇そのものではありません。最も危険なのは、デフレ時代の発想を持ち続けることです。
・「値上げしたらお客様が離れる」
・「賃上げしたら利益がなくなる」
・「投資はリスクだから控えよう」
こうした考え方は、価格が上がらず市場が縮小していた時代には有効だったかもしれません。
しかし、これからの時代は違います。企業が適正な利益を確保し、その利益を人材や設備へ再投資することが求められます。
価格競争ではなく価値競争へ移行できる企業こそが成長していくでしょう。

日本経済はいま、大きなパラダイムシフトの中にあります。物価上昇を悲観する必要はありません。賃上げを恐れる必要もありません。
値上げと賃上げは、成長する経済において当たり前に起こる現象だからです。
これからの経営者に求められるのは、「コストを削る経営」ではなく、「価値を高めて適正価格をいただく経営」への転換です。

今後5年間の事業計画を見直してみてください。毎年5%の価格改定ができる仕組みになっているでしょうか。賃上げと投資を続けられる収益構造になっているでしょうか。
もし答えがノーであれば、見直すべきは景気ではなく、自社の事業モデルかもしれません。成長の時代は、すでに始まっています。

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